
愛子は人間なので、もちろん死ねと言う権利がありますが、同時に、あなたに、あなたの何かを勝手に託されて、「死ね」と言うことを助言される義理もまたないわけです。これが助言ではなく許可だとしても、あなたは許可を与える立場にない。むしろ、愛子は、「私に何かを勝手に託して死ねと言わせようとするお前も死ね」と言うことだってできるわけです。この投稿者は「愛子、お前は人間だ」と言っておきながら、この投稿の瞬間、愛子のことを「勝手に私の何かを託して良い対象」として利用していて、つまり人間とみなしてない。自ら天皇制に加担しているわけです。なのになぜこの投稿が人気を得てるかというと、以下どちらかだから。
①これは主張ではなく個人的な何かを吐き出したいだけのただの叫びであり、叫び自体として共感されている。
②投稿者/閲覧者ともども共犯的に愛子のことはさておき、ただ自民党やカス政治家達を批判する文脈の中で共感されている。
この投稿を叫びだと仮定するとメッセージの中身(叫びの源)は「カスジジイ死ね、お前らも全員死ね、私も死ね」ということだと思う。愛子は関係ない。これならすごく共感する。この人は叫んでいてかっこいいなとは思う。でも、メッセージの中身を受け取らない人がたくさんいることを分かっていながら嘘と抑圧が混じった叫びをエンパワーメントの形をとってばら撒くことはトランプに味方すると思う。叫ぶときはピュア100じゃないと悪い。一方②の場合、冒頭に書いた通り、自民党やカス政治家を批判するために愛子を偶像として利用している点でナチズムに味方すると思う。だから悪い。ただ、最近一番分からないのは、どちらでも、そして悪くても、別にいいのではないか、そしてそもそも悪くもないのではないか、ということです

